写真:田辺安啓
 米PGAツアーの06年シーズンが終わった。「賞金ランク70位以内に入りたい」という希望を最後まで掲げ、終盤も連戦した丸山茂樹だが、賞金ランクは79位で終わった。

 賞金ランク70位以内なら来年のベイヒル招待に出られた。75位以内ならメモリアルの出場権が得られた。丸山はこれらを目指していたのだが叶わなかった。80位以内に出場権が得られるバンク・オブ・アメリカ・コロニアルへの切符は死守したが、参加できる招待試合が1試合だけになってしまうのは、ちょっぴり淋しい。丸山自身、「ずっと顔を出し続けてきたベイヒルやメモリアルに出られなくなると、モチベーションが下がってしまいそう」と口にしていただけに、来季の彼の心情が少しばかり気になった。

 しかし、丸山の一番の凄さは、米ツアーに居続けているという点だ。初めて米ツアーにやってきた2000年、丸山は「このアメリカで10年がんばろう」と心に決めた。当時と比べれば、米ツアー事情はすっかり様変わりしている。用具の進化で選手たちの飛距離が伸び、それに伴ってコース全長も伸長され続けている。

「最近はQスクールやネイションワイドツアー出身の若手が、どんどん勝つ状況」と、周囲の変化を噛み締める丸山。勝利への渇望は常に持ち続けているものの、勝つためには米ツアーに居続けなければいけない。つまりは、シード権を維持し続けることが米ツアー4勝目を得るための絶対条件なのだ。

 今季、シーズン序盤で出遅れたことは本人も認めるところ。春先からの右肩の故障が練習量の制限につながり、それが尾を引いたことも否めない。だが、厳しい環境下でシード確保の絶対条件をクリアしたことは「がんばったね」と褒めてあげるべき功績である。

 賞金70位の目標は達成できなかったけれど、「10年がんばる」という目標がある限り、丸山のモチベーションは下がりはしないはずだ。



最終戦となったクライスラー選手権の開催地フロリダ州タンパの国際空港。セキュリティゲートの近くで日本人数人が誰かを見送りながら手を振っていた。よくよく見ると、一団は丸山茂樹とキャディ、マネージャーの3人。1年間、試合会場で丸山のギア調整を受け持っていたブリヂストンのツアー担当者との再会は来季開幕戦となるため、しばしの別れを惜しみ、丸山自身が空港まで見送りに来ていたのだ。たまたま出くわした私と相棒カメラマンにも「1年間、いろいろ、ありがとうございました」と深々、頭を下げてきた。丸山のそんな礼儀正しさや謙虚さこそが、彼の真の人間性。その素顔からこぼれる笑顔こそが、本当のマル・スマイルだ。


文・舩越園子(ふなこし・そのこ) 在米ゴルフジャーナリスト
プロフィール
1963年生まれ。東京都出身。早稲田大学政経学部経済学科卒業。93年渡米以来、アメリカのゴルフに関する取材記事を日本の新聞、雑誌、インターネット等へ幅広く執筆中。現ニューヨーク在住。著書に「転身!デパガからゴルフジャーナリストへ」(文芸社)、訳書に「タイガー・ウッズの不可能を可能に変える5ステップドリル」(講談社)などがある。

提供:スポマガGOLF

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