写真:田辺安啓
 丸山茂樹にとって9回目のマスターズは惨憺たる結果に終わった。「79-75」通算10オーバー、73位タイで予選落ち。これで予選落ちは9回中、6回になった。

 練習日の段階から丸山は、「自分はここは相性が良くないし、予選落ちもしているし、最高は14位だし……。普通にやるだけ」と、沈み切った言葉を口にしていた。「僕はオーガスタでプレーしたくてプロになった」というほど、丸山にとっては憧れの地だというのに、なぜ相性が良くないのか。そこには、いくつかの理由がある。

 丸山が初出場したのは98年。当時のマスターズは、「パッティングコンテスト」と呼ばれるほどのグリーン勝負だった。「いきなり高速グリーンにカウンターパンチを食らった」丸山は予選落ちとなったが、翌年、翌々年はしっかり予選を通過した。このころのオーガスタは、丸山が「今度こそ」と思えるコースだったのである。

 しかし、21世紀に入り、度重なる改造が加えられたオーガスタは、その姿をすっかり変えてしまった。パワーヒッター対策と銘打ち、コース全長は年々伸ばされている。ラフが作られ、立ち木が増設され、距離が出ない丸山にとっては苦手意識が膨らむばかりになっていった。

 だが、それでも、90年代と比べて285ヤードも長くなった02年には14位タイに食い込んだ。そんな丸山には、米ツアーメンバーとしてプレーする日本人選手の頂点であるという意地と誇りを感じたものだ。

 今年のオーガスタは、昨年よりさらに155ヤード長くなった。「小さいころから憧れていたけど、もうイメージが違う…」。今季はいまだに好成績が出ず、元気がない。気持ちの高揚なきまま、一層難しくなったオーガスタにやって来た丸山は、「ノレる」ための心のエネルギーを持ち合わせていなかったように思えてならない。



 マスターズ恒例のパー3コンテストでトップスタートを切ったのは、丸山茂樹と片山晋呉、マーク・オメーラの組。そこにキャディ姿で登場したのは丸山の長男、奨王君だった。途中、ティーショットを打った奨王君の球は、一瞬、ギャラリーの群れを直撃しそうになったが、うまくカーブしてグリーンのすぐそばへ。奨王君がパパのキャディ役でパー3コンテストに出場したのは昨年に引き続き2回目。「去年よりはうまくなってるかな。でも、誰かに球が当たるんじゃないかって不安でした」と、パパ。息子の上達ぶりとギャラリーの拍手を誘うなかなかのパフォーマンスぶりに目を細めるばかりだった丸山は2位タイの好成績。心和むひとときだった。


文・舩越園子(ふなこし・そのこ) 在米ゴルフジャーナリスト
プロフィール
1963年生まれ。東京都出身。早稲田大学政経学部経済学科卒業。93年渡米以来、アメリカのゴルフに関する取材記事を日本の新聞、雑誌、インターネット等へ幅広く執筆中。現ニューヨーク在住。著書に「転身!デパガからゴルフジャーナリストへ」(文芸社)、訳書に「タイガー・ウッズの不可能を可能に変える5ステップドリル」(講談社)などがある。

提供:スポマガGOLF

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